2015年8月24日月曜日

てんかんと自動車運転について

先日東京池袋において、歩行者を乗用車がはね、死傷者が出たことがニュースとなっていました。その後乗用車の運転手に「てんかん」が持病としてあることが報じられ、「薬をきちんと服用していなかった」であるとか「免許更新に際して病状を申告していなかった」といった情報が流れてきています。

まず、このような不幸な事故に遭われ、亡くなられた方のご冥福と、怪我をされた方のご回復を心からお祈りしたいと思います。

現時点では、この運転者がてんかんを持病として持っていた、ということ以外ははっきりした情報がありませんので、この事故がてんかん発作が原因で起こったのかどうかもわからない部分はありますが、通常の居眠り運転では理解しがたいような事故後の行動などもあったようなので、てんかん発作が運転中に起こった、という可能性は否定できないと思います。

皆さんにお伝えしたいのは、こうしたニュースをどう解釈するか、という視点です。インターネット上などには非常に感情的なコメントが乱発されていますが、この事件を理解するために、色々と知っておいていただきたい前提というものがあります。

①てんかん、といっても中身は多様であること

この運転者の「てんかん」について詳細な情報がありませんが、「てんかん」は非常に内容が多様な病気であるということをご理解いただきたいと思います。

まず「てんかん」という病気は簡単に言えば、「てんかん発作を自然に繰り返す病気」ということになります。

皆さんてんかんというと「泡を吹いて倒れる」ということをよくおっしゃいますが、それはてんかん発作の一種(強直間代発作)にしかすぎません。そうした全身けいれんをお持ちの方は確かにおられますが、他にも数秒から数十秒、意識が曇って動作が停止するだけであるとか、手や足に痺れを感じる、といった自覚症状だけの発作などもあります。また発作が日中活動時に起こる方もいますが、日中には発作が一切なく、一生涯、夜間睡眠中に軽いけいれんを起こすだけ、といった方もいます。

どういう発作を持っているかはその方それぞれによって違います。お一人で複数のタイプの発作を持っている人(たとえば全身けいれんと意識が曇るだけの発作)もいれば、一種類の発作しかない方もいます。

こうしたその方が持っている発作のタイプによって、日常生活への影響の程度はそれぞれ全く異なります。日中活動時に意識がなくなる発作やけいれん発作があればあるほど生活への支障は増えがちです。一方、発作が沢山あってもそれが夜間睡眠中にしか起こらないのであれば、日中活動時よりは生活への支障は少なくなります。また自覚症状のみで意識が失われない発作であれば、意識が失われる発作よりは生活への影響はより少なくなります。その方がもっている発作のタイプによって、発作頻度によって、また合併症の有無などによって、患者さんの生活はさまざまです。

今回の運転者の方についてはどんなタイプのてんかん発作を起こすてんかんなのか?ということがわかりませんので、その方の発作がそもそも運転に支障を来すものであったのかどうか、頻度はどうだったのか、といったことをきちんと考慮したうえで、本人の運転が真に、危険運転と呼べるようなものであったのかどうかを判断する必要があります。

もちろん、運転に支障がある発作が、日ごろの発作頻度から考えて、運転中に明らかに起こりうることを知りながら運転を行っていた、となれば、これは危険運転と言われても仕方がありません。一部では薬をきちんと服用していなかった、といったことも報じられていますが、これも事実であれば、安全な運転への配慮を怠ったと言われても仕方ありませんから、運転の権利があるとは言えません。

いずれにしても、「てんかん」ということだけで、その方の病状を全く考慮せずに、事故について検討を行うことは難しい、ということはご理解いただきたいと思います。周りにてんかんがあって運転している方がいたとしても、通常、それは発作のタイプや頻度を考慮したうえで許可がなされていることをどうかご理解ください。

②てんかんと運転免許

「そもそもてんかん患者に免許を与えるな!」という意見が、こうした事故があるたびに(多くは匿名の)ネット上でぶちまけられています。なぜてんかんがある患者さんに、病状によって運転が許可されているのか、そのことを再度確認してみたいと思います。

まず実際に道路交通法における、現在のてんかんに関する規定を見ておきたいと思います。

道路交通法第33条2の3 運用基準

てんかん

(1) 以下のいずれかの場合には拒否等は行わない。

ア 発作が過去5年以内に起こったことがなく、医師

 「今後、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

イ 発作が過去2年以内に起こったことがなく、医師

 今後、年程度であれば、発作が起こるおそれがない」

 診断を行った場合

ウ 医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び

 運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状

 悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

エ 医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って

 起こり、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断

 行った場合

まず、「ア」「イ」ですが、これは
「長い間発作が起こっていないので、運転という1日の間で限られた時間帯に発作を起こす可能性は低く、またその可能性が一般的な事故のリスクを極端に超えるものでないからOK」ということになります。

一方「ウ」「エ」については
「発作のタイプや発作の起こる時間帯に特徴があって、それが運転に支障を来すものではないからOK」ということですね。

海外のデータになりますが、ヨーロッパで、1年間てんかん発作がない状態の患者さん(後述しますが、海外では2年無発作の患者さん、という患者群についてのデータがあまりないのです)の運転を許可した場合、どのぐらい運転による事故のリスクがあるのかを検証したデータがあります( Data from the website of the Belgian Traffic Bureau (BIVV) and the “IMMORTAL” project, a study funded by the EU 2004. In, Epilepsy and Driving in Europe – A report of the Second European Working Group on Epilepsy and Driving.)

このデータによりますと、てんかんの患者さんが事故を起こすリスクは一般の運転者に比べて約2倍と試算されています。「2倍!やっぱり危ないじゃないか!」という解釈は早計でして、運転者の年齢が25歳以下であることは男性で7倍、女性で3倍、70歳以上であることで2倍、75歳以上ならやはり3倍です。事故を減らす、と言うだけであれば、これらの運転者に免許を与えないほうが、運転者の数から考えてもずっと効果的ですね。

こうした仮定があまり現実的でないことはだれが考えても明らかです。また一方で、一定の病状(上記のデータなら1年以上発作がない患者さん)を満たすてんかんの方が、極端に高い事故リスクを持っているわけではないこともお分かりいただけるのではないかと思います。

一定の病状を満たしたてんかんの方に、運転免許の保有が許されている背景には、こうした他の運転者の事故リスクとの比較が常にあります。実際に道路交通法上の規定を満たした状態で運転しているてんかん患者さんの事故はそれほど数多く経験するものではありません。きちんと法律にのっとった免許の取得ー更新をする患者さんがいて、その方々の多くの運転は全く問題なく行われていることもぜひ知っておいていただきたいと思います。

今回の事故を解釈する上でのもう一つのポイントは、この道路交通法の規定をきちんと満たしていたかどうかです。これを満たさないことを知りながら運転をしていた、あるいは免許を黙って更新・取得したといったことがなかったかどうかです(2015年現在、持病を適切に申告せずに免許を更新・取得することには、(事故の有無にかかわらず)罰則が設けられており、1年以下の懲役か30万円以下の罰金となっています)。こうしたことがあったとすれば、それは大変残念ですし、罪に問われることも致し方ないでしょう。ただ、そのことで多くの運転がきちんと許可されている患者さんがつらい思いをすることはあってほしくない、そう思うのです。

④海外ではどうなのか?
ヨーロッパのデータのところで少し述べましたが、EU各国のほとんどが1年間無発作であることを運転の許可条件としています。アメリカでは各州で運転に関する規定は異なりますが、ほとんどの州が3か月~1年発作がないことを条件としています。これらの条件も上記のような事故リスクを客観的に見積もったデータが根拠になっています。日本における2年間発作がないこと、という道路交通法の規定はかなり厳しい部類に入ります。また重大な事故が起こるリスクは発作がない期間が長くなっても変わりはない、というデータもあります( 3か月、6か月、12か月の無発作期間によっての有意な違いはない: Sheth SG et al, Neurology 2004)今後も経験が蓄積され、運転の可否を決める基準の運用は適切に行われていくものと期待します。てんかんの方もそうでない方も、事故を減らしたい、という思いは同じなのです。

⑤将来への期待
将来的には自動運転車や、衝突防止装置などが全車に標準で装備され、どんな原因によっても自動車事故が起きえない、そうした技術革新が行われてほしいと心から願うものです。てんかんを含め、運転に支障がありうる病状を持った方でも、自動車による移動を妨げられない、そうした社会が実現することが究極的には目標だと思っています。自動移動装置ができ、自動車運転免許が必要なくなる世界が実現すれば一番いい。そうなれば現在のように自動車免許がないと就職もままならない、身分証明書になるものすらないといった状況もなくなるでしょう。

ただ、急に明日からそうなる、ということは考えられない以上、少なくとも自分できちんと病状をコントロールし、法律を順守して運転を行っている患者さんが不利益をこうむることがない社会ではあってほしいと思います。そのためにも、てんかん患者さんの置かれた状況を皆さんに理解してほしいのです

2015年8月7日金曜日

休診のお知らせ(再掲)とメダカ

台風が近づいているようですが、大阪ではまだその雰囲気は感じられず、相変わらずの暑さが続いています。

以前にもお伝えいたしましたように、小出内科神経科は8月12日~17日は夏季休診とさせていただきます。また8月28日~29日は小出秀達院長の外来は臨時休診とさせて頂きます。外来通院中の方はどうぞご留意ください。

診療所の庭の植木も暑さでぐったりですが、そのなかでもムクゲは夏の花らしく綺麗に咲いています。

また先日患者さんからいただいたメダカの卵は無事に孵化し、ぬるい水の中を元気に泳ぎ回っています。


2015年8月3日月曜日

大阪てんかん市民公開講座が終わりました!

先日も告知させていただきました、大阪てんかん市民公開講座2015が昨日、国民会館武藤記念ホールで行われました。

酷暑にもかかわらず、会場は前から見る限りではほぼ満席のようでした。まず第一部では荒木敦先生(関西医科大学付属滝井病院准教授)、辻富基美先生(紀南こころの医療センター)とともに小出も「大人のてんかん」というタイトルでお話させていただきました。

私のパートでは主にてんかん発作の症状のビデオを含めたご紹介と、薬物療法を含むてんかんの治療一般の考え方をお話ししましたが、みなさん熱心にメモを取るなどされる姿をお見受けしました。いらっしゃっている方のほとんどがてんかんの方が身近におられる方々ですので、今後私のお話が何かのお役に立てばいいなと思っていました。

第二部ではみなさんから事前に頂いたご質問を踏まえた質疑応答がありました。時間に余裕がありましたので直接ご質問もお受けし、それぞれの方のかかわるてんかん患者さんの診療について、アドバイスをわれわれ講師からさせていただきました。こちらも非常に熱のこもった質問がたくさんあり盛況でした。

私も医師に向けた講演はよくさせていただく機会があるのですが、患者さんやご家族、患者さんにかかわる方々へのこうした講演の機会というのは実はあまり多くはありません。今回の講師の先生方も同じご意見でした。

この貴重な市民講座が来年も開催されるかどうかは実は今のところ未決定です。ぜひ継続されることを期待したいと思います。