このシリーズも4回目となりました。今回からは抗てんかん薬と妊娠・出産の関係を取り上げてみたいと思います。このトピックはとても話の内容が多くなりますので、3回ぐらいに分けてお話したいと思います。また、この分野は様々な大規模研究が現在進行形で行われており、その時点での情報をアップデートしていく必要があることも知っておいてください。
まずこれまでの繰り返しになりますが、多くのてんかんをお持ちの女性が抗てんかん薬を服用しながら、何ら問題なく出産していることを知っておいてください。そこを出発点に、どうすればさまざまなリスクを軽減することができるのか、これをてんかんの薬についても考える、ということになります。
現時点では、安全に妊娠・出産を行うための、抗てんかん薬についての基本的原則は「できるだけ発作を抑えるのに十分、かつ少ない種類、少ない量の薬を使用すること。葉酸サプリメントを併用すること」と言っていいと思います。
抗てんかん薬はお母さんが服用することにより、胎盤をつうじておなかの赤ちゃんにもお薬が移行します。これが体内での赤ちゃんの成長に影響をあたえることがあります。この影響は一般的には用量が多くなるほど、種類が多くなればなるほどみられやすいと考えられています。できれば少量の、一種類のお薬で治療ができればベストです。
どのぐらいの量にしたほうがいいか、というのは諸説ありますが、一応データから目安は示されており、たとえばカルバマゼピン(テグレトール)であれば400㎎以下を目指すべきだとされています。以下のてんかん学会の「てんかんを持つ妊娠可能年齢の女性に対する治療ガイドライン」は2007年に出たもので、内容は現在では見直しが必要な部分も多々ありますが、カルバマゼピンなら400㎎以下、という目標は現在でも悪くないと思います。また、薬の種類が増えるほど良くない、というのも現在でもまず正しいと考えてよいでしょう。特にバルプロ酸(デパケン、セレニカ等)とカルバマゼピンの組み合わせは避けるべきだとされています。
http://square.umin.ac.jp/jes/pdf/pregnancyGL.pdf
では、具体的に抗てんかん薬が赤ちゃんにどのような影響をあたえうるのか、現在まだあくまでも可能性の段階にあるものも含めて考えてみたいと思います。ここからはお薬の種類も関係してきます。
A.胎児奇形の発生
まず現在では使われることがほぼない、トリメタジオン(ミノアレビアチン)などをのぞけば、抗てんかん薬を使っていても胎児奇形が極端に増えることはありません。以下にデータをお示しします。
日本における全国調査の結果をみますと、胎児奇形というのは二分脊椎のような大きなものから、小さなものも含め、全妊娠の2-3%程度に発生することがわかります(参考:横浜市立大学先天異常モニタリングセンターhttp://www.icbdsrj.jp/2010data.html)
ここには妊婦さんの年齢など様々な因子が複雑に関連しています。抗てんかん薬はその因子の一つ、ということになります。
ではもともと2-3%は存在する胎児奇形のリスクを、抗てんかん薬がどの程度上げるのか?というのが問題になります。ここに薬の用量や種類が関係してきます。
上記したようにカルバマゼピンなら400㎎以下、というのは400㎎以下ならこの2-3%のリスクを実質的に上げることはない、という意味になります。リスクは上にも書きましたように様々な因子が関連しますので、絶対にゼロにはなりませんが、少なくとも400㎎以下なら2-3%という、抗てんかん薬を服用していない妊婦さんのリスクと大きく変わるところはない、ということですね。
では大奇形の発生率が他の抗てんかん薬に比べて高いといわれるバルプロ酸はどうでしょうか?
上に挙げたガイドラインでは1000㎎以下、という量が目安とされていますが、これは現在では多いと考えられており、できれば600㎎以下を目指すほうが、よりリスクを下げることができると考えられます。報告上も1000㎎以上>600㎎-1000㎎>600㎎以下でリスクが下がっていった、とされています(Samren 1999, Morrow 2006)600㎎以下での奇形発生リスクは他の抗てんかん薬と大きく変わらないので、バルプロ酸は胎児奇形の予防に関しては600㎎以下を目指すようにしています。
たまに「デパケンを飲んで妊娠なんてムリ」とか、簡潔にして残酷な説明を聞いていた患者さんもいますが、次回以降お話する発達への影響などのデータを考慮しても、「ムリ」はそれこそ無理な説明ではないかと思います。
たとえ妊娠に向けて抗てんかん薬を十分に減らすことができず、様々なリスクがあったとしても、説明を聞いたうえでそれをどう考え、許容するか否か。それは最終的には患者さんご自身の判断にゆだねられるべきものです。
われわれ医師は、現時点で分かっているデータについてお話しながら、よほど医学的にリスクの高い選択でない限り、患者さんの選択を尊重し、支持するというのが妊娠・出産に関して必要だと思います。
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